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ローカルとカルチャーを結びつける。協働事業で生まれ変わった「松戸ビール」のこれまで

松戸市民のシビックプライド醸成を目的として、市民が誇りを持てるような松戸発の独自なサービスやプロダクトを開発・発信する「MADE IN MAD(メイドインマッド)」プロジェクト。

その一環として、松戸市唯一のクラフトビールの製造・販売を手掛ける「松戸ビール&タップルーム」(以下松戸ビール)のリブランディングが進行中だ。

廃墟同然の物件をリノベーションしてオープンしたクラフトビール工場は、どのような思いで立ち上げられたのか。そしてコロナ禍の逆風の中、どのようなブランディングを戦術として編み上げるのか。松戸ビール・オーナー、醸造責任者の渡邊友紀子さんと、まちづクリエイティブ代表・寺井元一の対談から探る。

text:Yuta MIZUNO
photo:Takashi KURAYA
edit:Shun TAKEDA

「松戸ビール」誕生までのストーリー

──渡邊さんが「松戸ビール&タップルーム」を始められたきっかけについてお聞かせください。

渡邊 私の祖父が戦前から酒蔵を営んでいて、発酵系飲料に携わっている親戚が多かったんですね。だから、わたし自身も「お酒をつくってみたい」という気持ちがずっとありました。それから飲食店での勤務を経て、東京・永代橋の近くに「永代ブルーイング」を構えて、2017年に醸造を開始しました。

ところが間借りしていた建物が撤去されることになり、店をどこかに移さなくてはならなくて。そこで新たな場所として考えたのが、30年間住み続けている松戸です。ビールの醸造管理は見続けることが大事なので、醸造所は家の近くのほうががいい。しかも物件を探しているときに、ビール好きの仲間から「いま松戸おもしろいよ」と教えてもらって。それで、まちづクリエイティブさんのサイトから「ビールづくりの物件を探しています」と連絡しました。

「松戸ビール&タップルーム」オーナー、醸造責任者の渡邊友紀子さん

「松戸ビール&タップルーム」オーナー、醸造責任者の渡邊友紀子さん

寺井 渡邉さんから問い合わせをいただいたとき、「ついに松戸でクラフトビールをやろうとしている人がきた」と思いましたね。松戸は49万人都市なんですよ。調べてみると、アメリカだとクラフトビールのブリュワリーは人口5万人あたりひとつくらいあるらしい。単純比較はできないけど、要するに松戸に10軒くらいあってもいいわけです。でも、松戸にはひとつもない。だから「ついにきた!」と思って嬉しかったですね。

MAD Cityでなんかやろうと連絡してくれる人には2つのタイプがあります。ひとつは外から「松戸っておもしろいらしいね」と来てくれる人。もうひとつはもともと松戸に住んでいるんだけど、そのことを表立って言わない人。まちづくりの基礎体力として重要なのは、後者だと思うんです。松戸に30年間住んでいる渡邊さんのルーツは、いわば僕にとって松戸のカルチャーのルーツでもある。そんなことを感じたんですね。

──物件選びのポイントは?

渡邊 まず大事なのは、醸造所として必要な広さと水道設備です。とくに排水関係がむずかしい。洗浄などでアルカリ性の薬品を使うので、一般的な住宅とは違う設備が必要になります。あと、麦芽を煮るときに香りが換気扇から外に出るので、お隣を気にする必要がないこともポイントですね。

寺井 ビールづくりは製造業なので、車を停めやすいとか、近隣とのバッティングが少ないとか、必要な条件はある程度わかっていました。それに、まちづクリエイティブは自分たちがいいなと思って借りた物件をさらに貸すサブリース業なので、候補は自ずと絞られてきます。そこで僕が提案したのは2つの物件。ひとつは賃料は少し高いけど広くて駅に近い物件。もうひとつは狭くて駅から遠いけど賃料はすごく安い物件です。個人的には、ビールを製造して卸すだけだったら、わざわざ駅前に工場をつくる必要はないと思っていたんです。

「松戸ビール&タップルーム」外観

「松戸ビール&タップルーム」外観

渡邊 当初、わたしはビールづくりだけに注力したいなと思っていたんですね。醸造所だけつくることをイメージしていました。ただ事業計画書をつくるなかで、それだけではやっていけないと気がついた。移転前の店と同じように、そこで飲食のできるブルーパブを併設しなければいけない、と。

寺井 もうひとつのポイントは、酒造の免許のことです。簡単に言うと、定められた法定製造数量を維持できないと、免許が取り下げられてしまうんです。だからある程度の量をつくり続けないといけないし、つくったぶんの税金も納めないといけない。つまり、どこかでビールを捌ける仕組みを自分たちでつくらないといけないんですよ。なによりも免許を維持するために、製造した分が捌けるだけの規模の店舗を構えられること。それが物件選びのポイントでした。

そこで、ビールづくりのリスクとリターンを考えて、無理に卸先を開拓し続けることはせず、ビールづくりにじっくり向き合いたいマイペースな渡邊さんに向いているモデルをご提案したんです。

渡邊 最終的に選んだのは駅前の物件でした。コロナで店内飲食ができなかった時期でも、ここはテイクアウトしやすい場所だったんです。いつもお店に来てくださっている方も、そうでない方も、隣にイトーヨーカドーがあるおかげで、買い物ついでに寄ってくれるんですね。

寺井 当初は松戸で醸造だけをする予定だったけど、コロナのこともあって、結果的に渡邊さんは新しいビジネルモデルをつくる側にまわっているな、という印象をもちました。

渡邊 もともと卸をやっていなかったんですが、1回目の緊急事態宣言の直後から、瓶のビールがほしいと言っていただいた小売店さんがいて。それからビールづくりだけでなく、どのように届けるかを考えるようになりました。

「MAD IN MAD」でのリブランディングと、クラフトビールのサーバーレンタル事業

──まちづクリエイティブは物件の紹介だけでなく、「松戸ビール」のリブランディングにも関わっています。

寺井 地元の事業者やクリエイターと一緒に、松戸ならではのサービスやプロダクトを開発して発信する「MADE IN MAD」プロジェクトの一環として、松戸ビールのリブランディングに取り組んでいます。その根っこには、松戸の市民の方に「松戸はイケてる」とご友人とかに自信をもって言ってもらえるようなモノが必要だ、という気持ちがあります。

株式会社まちづクリエイティブ代表取締役・寺井元一

株式会社まちづクリエイティブ代表取締役・寺井元一

渡邊 コロナでなかなか飲食店でお酒を楽しめない。でも先程の免許のこともありビールはつくっているので、売らなくちゃいけない。それに鮮度のいいうちに飲んでいただきたいので、とにかく売らなきゃいけない。そのための手段のひとつが瓶ビールです。贈答用にも使えるので、遠くの親戚に松戸のものを贈りたいという方もいらっしゃいましたね。喜んでいただけて、リピートもいただいています。

寺井 松戸は49万人も住んでいるのに、松戸みやげってほとんど見当たらないんです。でも、裏を返せばそれはチャンス。よいものをつくってしまえば名物になる。だけど贈答品こそ、味と同じくらい見栄えやメッセージといったブランド力が大切です。なによりも、僕らもいいクラフトビール屋さんが松戸で続いてほしいと思っていました。

──リブランディングはどのような体制で行われているのでしょうか?

寺井 そもそも店内でビールを飲むだけなら、ブランディングってそんなに必要ないんです。渡邊さんはもともと体験醸造のプログラムもされていたんですが、そのうちにコロナが広がり、テイクアウトしてもらうなら「瓶のラベルどうしようか」という話になって。

松戸ビールを松戸の人たちに手に取ってもらうにはどうしたらよいか。そんなことをみんなで考えいているうちに、僕たちがブランディングをして、売上を分配しながら一緒にマーケティングも考えましょうと、協働事業のかたちになったんですね。

そのうちに渡邊さんの旦那さんも巻き込みながら、クラフトビール経営会議みたいになって、一緒に伸ばしましょう、となっていった。いわばリスクを共有して事業収益を分配する「レベニューシェア」のかたちですね。そうして一緒に取り組んだのが、クラフトビールのサーバーレンタルサービスです。

──どんなサービスでしょうか?

寺井 コロナで店内飲食が難しくなったので、家族とか身近な友達と屋外でBBQをする機会が増えると思ったんですね。そのときに、コンビニでビールを買うんじゃなくて、地元のクラフトビールを提供できたらいいんじゃないか。そこで去年(2020年)の夏に始めたのが、樽出しビールを提供するケータリングサービスです。

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渡邊 一般の方がうちのビールを扱ってくれる機会はあまりないので、取り扱いが可能かすごく心配しました。泡しか出ないとか、トラブルが起きないかとか……。

寺井 試行錯誤してビールサーバーのマニュアルもつくりましたね。BBQのあとは、冬にオフィスでの忘年会の需要があると踏んでいたけど、そもそも忘年会すら行われなくなってしまいました。ところが、何回もリピートしてくれたところがあったんです。

──オフィスではないとすると、どんな場所でしょう?

寺井 それがね、老人ホームなんですよ。よく考えてみれば、たしかに最近の若い人にはサワーやハイボールのほうが人気だったりして、ビールってあまり人気がないんです。年齢の比較的高い人のほうがビール好きが多いんですよ。そのなかには「地元のものを味わいたい」っていう方もいるし、外食はできないけど「たまの忘年会でもやりたい」っていう気持ちもある。その場所が老人ホームだった。ケータリングサービスで新しい需要が見えたんです。一緒に実験しながらターゲットが見えてくる。ラボ的ですよね。

──やみくもにマーケットを広げるのはなく、質を維持させながら発想をシェアして試みる。ラボのような体制は、レベニューシェアが生んでいる側面かもしれませんね。

松戸在住アーティスト・HOLHYによる3種のあたらしい瓶ラベル

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──2021年4月には、新しい瓶ビールのラベルが完成しました。

渡邊 いままでのうちのラベルもかわいらしいんですけど、ほかのブリュワリーさんの瓶を見て「あ、かっこいいな」と思って。もうちょっと違うラベルにしてもいいなと思ったんです。それで、まちづクリエイティブさんにお願いして、松戸在住のアーティスト・HOLHY(ホーリー)さんに絵を描いていただきました。ラベルにたぬきが描かれていて、かわいいですよね。名前をつけなきゃって思います。

寺井 もともと「店のファサードが重要だよね」って旦那さんとも話をしていて、HOLHYくんに店の壁画にペイントしてもらったんです。それから「松戸には松戸ビールがある」って認知されることを考えたときに、テイクアウトのためのビジュアルも彼に願いするのが自然だよね、って。

渡邉 ラベルの絵は最終的にデジタルデータにするのにもかかわらず、HOLHYさんには原画まで描いていただきました。松戸ビールは2021年4月で2周年になります。1周年のときはコロナでなにもできなかったので、ラベルのことも含めて、新しい区切りにしたいですね。ラベルの原画を額装して飾りたいと思っていますし、コロナが落ち着いたらHOLHYさんの展示会も店内で開きたいんです。

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──今回、ラベルがリニューアルされたのは松戸ビールの定番3商品です。それぞれどんなコンセプトでしょうか?

渡邊 赤、青、黄色の3種類のラベルのビールを揃えていますが、それぞれのビールの色味を日本の伝統色から名付けています。

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赤は「べにとび」。これはアメリカンホップを多めに使ったIPAです。ちょっとだけアルコール度数の高い、飲みごたえのあるビールですね。もともとクラフトビールがお好きな方に特に人気です。

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青は「げっぱく・そう」。ベルギーでよく飲まれているセゾン酵母を使ったビールです。本来は冬に仕込んで夏に飲むビールなんですが、いまでは1年中飲まれています。ほんのりと酸味が感じられて、さわやかなハーブ感が特徴です。

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黄色は「うこん」。アメリカンペールエールのスタンダードなクラフトビールですね。どんなお料理にも合わせやすいですし、もちろん単体で飲んでも美味しいです。

寺井 僕みたいなまちづくり屋からすると、クラフトビールって個性とカルチャーが重要な商品だと思うんです。おしなべて万人受けするビールのおいしさは、メジャーのメーカーがつくればいい。町のクラフトビールは単なる飲料である以上に、その地域のストーリーを背負っているわけです。

ちょっと迂回しますが、僕らなりの松戸という町の見え方の話をしましょう。

僕たちが10年くらい前に松戸にやってきたとき、ここで有名な会社を調べてみたんですね。それはマツモトキヨシとマブチモーター。どちらも歴史ある会社です。一方で、松戸で勢いのあるベンチャー企業はなにかというと、フィギュアを販売しているグッドスマイルカンパニーだったんですね。グッスマさんのカフェも3時間待ちとかになっていて、人気がもうすごいんですよ。で、「なんで松戸にグッスマがあるの?」って思ったわけです。

そこでさらに調べてみると、松戸の駅前には2003年にバンダイミュージアム(2007年に栃木県に移転)ができて、1/1ガンダムの頭部が展示されていたんです。その近くにはアニメイトが入っていて、さらに日本最大のUFOキャッチャー拠点もあった。これは僕の理解ですけど、松戸にはホビーカルチャーが明らかにあったと思うんです。

さらに調べると、その源流には「MAX渡辺」というレジェンド級のプロモデラーの存在があることに気づいたんですね。しかも、グッスマのビルの中に人気のインド料理店があって、そこはMAX渡辺の店だった。

つまり僕らが松戸のことを調べていたら、ホビーカルチャーの大元としてMAX渡辺さんにたどり着いたわけです。でも彼がどこにいるか分からなかったし、会えてもいなかった。それが10年前のことです。ところが、依頼してくれた松戸ビールの渡邊さんの旦那さんが「MAX渡辺さん」だったんです。僕らにとって、10年越しにMAX渡辺さんがビー・バックした(笑)。驚きですよ!

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渡邉 よくそこまでたどり着きましたね(笑)

寺井 いつの間にか経営会議を一緒にするようになって、新しい企画とか話す関係になって、びっくりですよね。こういうちょっとした奇跡が起きやすいところが、まちづくりの面白いところだったりすると思います。

いつかは地元の素材だけでつくった、真の地ビールを

──これからあたらしくトライしてみたいことは?

渡邉 いまIPAの種類を増やそうと準備しています。新しい「くちなし」というビールは、甘い香りと、ガツンとした苦味が特徴。ほかにも「うこん」を生の酵母に変えたり、「べにとび」もさらに味に深みが出るように、酵母を変えてみようかなと思っています。いずれは松戸で育てた生のホップでビールを仕込んでみたいですね。ボジョレーヌーボーみたいに、地元の原料でつくる地ビールです。

それに、在野でビールを研究されている方と組んで、酵母を培養して新しいビールづくりにも挑戦しています。じつは、その方と一緒につくった「富士の霧影・季節」というビールが、日本地ビール協会の「Japan Great Beer Awards 2021」で銅賞をいただきました。

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寺井 すごいですね! 着々と「“松戸”のビール」になるといいな。先ほどラボの話をしましたが、トライ・アンド・エラーを繰り返して、どうしたら本当に地元の人に愛されるものになるか。松戸ビールさんと一緒に挑戦したいと思っています。

具体的に言えば、ビールの好きな松戸の誰もが、松戸ビールを飲めるようなチャレンジをしたい。渡邉さんは職人的なスタンスで地元に根ざして本当にいいものをつくろうとしているから、それをちゃんと受け止めてくれるような人に届いてほしいと思います。

──新しいラベルの松戸ビールはどこで買えますか?

渡邊 必ず買えるのはこの実店舗です。ほかの店舗ではセブンイレブン松戸小山店さん、ますよし酒店さん。松戸ビールが飲める飲食店は、ツドイサンドさんと割烹料理の三角屋さん、アトレ松戸店のとんかつ新宿さぼてんさん、それからGREENROOMさんですね。

寺井 さっきのチャレンジの話のつづきなんですが、いま市内に宅配するトライアルを進めているので、それを実現したいですね。あと、今後はサーバーレンタルのプランも増やしていけるといいですよね。

渡邉 そうですね。いまは5Lのプランしかなくて、いつもオーダーいただくお得意さんには、ちょっと量が多いかなと思っているんです。飲みきれないんじゃないかって。

寺井 マーケティング的には売り捌けばいいじゃないかって思うんですけど。わざわざ小さいサイズを用意してあげようとしてるんですか。

渡邉 そうそう。

寺井 やさしい(笑)。49万人に松戸ビールを届けていきたいですね。

渡邉 休みがなくなっちゃいますね(笑)。

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※本記事はmadcity.jp および M.E.A.R.L の共通記事となります

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