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アートと地域の共生についてのノート 台湾編 第1回
※このコラムはMAD Cityの入居者に寄稿いただいています。古民家スタジオ 旧・原田米店にアトリエを構える美術作家・池田剛介さんが、今さまざまな論議を呼んでいる「アート」と「地域」について語ります。
連載 「アートと地域の共生についてのノート」
台湾へ
前回から半年が経ちました。わたしは今、台湾にいます。今年から来年にかけての一年間、ポーラ美術振興財団による助成を受けて台北で活動を行っており、こちらに来てから早4ヶ月が過ぎたところです。これまでに台北での小さな個展を終え、現在、次の制作に取り組んでいます。
東京から台北は飛行機で4時間、沖縄から台北は1時間半の距離にあります。一般的に親日国として知られており、例えば現在、海外から日本への旅行者数の一番多い国が台湾であり、日本からの海外旅行の行き先としてもハワイと並ぶ人気国と言われています。
しかし実のところ、現在、日本と台湾の間には正式な国交がありません。1972年の日本と中国との国交正常化を機に、日本は台湾を一国家として正式に認めていない状態が続いているわけです。
昨年、おそらくはこのことと関連するであろう出来事が起こりました。日本で開催された特別展「台北 國立故宮博物院-神品至宝-」において、広報物から「國立」の文字が消されていたため台湾総統自ら抗議声明を出し、あわや展示中止という事態にまでなったのです。広報物にシールを上貼りするなどして事なきを得ましたが、この「國立」削除は、中国外交への過剰な目配せではないかと囁かれ、さもありなん、と思わせるものでもありました。
ちょうどこのエッセイを書き終える頃、1949年以来初めて中国と台湾の首脳がシンガポールで会談を行う、というニュースが飛び込んできました。1949年は、第二次大戦後に続いていた中国大陸での国民党と共産党との内戦後、共産党が国民軍を台湾へと追い出す格好で、大陸に中華人民共和国を樹立した年です。
昨年、台湾で起きたひまわり学運(連載第2回)では、中国との貿易協定への反対を掲げる学生に多くの国民が支持を表明し、来年に行われる選挙では、中国からの独立色の強い民進党党首が台湾の総統に選出されると目されています。こうした状況のなか発表された中国と台湾のトップ会談は、今後の両国の関係において重要な意味をもつことになるかもしれません。
このように中国と台湾は戦後の分裂を経て、いまだ複雑な関係にあり、72年の日本と中国との国交正常化を機に台湾との国交が断絶していること、そしておそらくは台湾の博物館への「國立」の表記にも、こうした事情が及んでいたわけです。
さらに過去に目を向けてみれば、日清戦争後から第二次大戦の終戦までの約50年間、台湾は日本の植民地という位置付けにありました。そのため当時の建築が未だに活用されていますし、「皇民化(同化)政策」の一環として日本語の使用が徹底されたため、高齢者は当時学んだ日本語をおぼろげに覚えているといったこともあり、今でも街中のあちこちで、かつての日本の残存を見つけることができます。
今回の連載は、こうして東アジアの身近な隣国にして、とりわけ中国との複雑な政治的位置にあり、植民地時代を経て日本と部分的に並行する近代化のプロセスをもつ台湾という場所から書き連ねていくことになります。前編での問題意識を引き継ぎながら、五回の連載を通じて、地域や場所、移動することをめぐって考えていく予定です。
* * *
さて今回は、これまでの台北での活動報告をしたいと思います。今年7月からわたしは台北の士林地区にあるオープン・コンテンポラリー・アート・センター(OCAC)に2ヶ月間滞在しながら制作を行い、個展「Exform – Taipei」を準備しました。士林は、先述した國立故宮博物院や台湾最大級の夜市のある観光エリアとして知られています。
先ほど、台湾と日本との歴史的な並行関係について触れました。特に中心市街地では、現在の東京や日本の都市との共通点が目につきます。街のあちこちにセブンイレブンとファミリーマートが林立し、日本企業の飲食店やデパートも多く、例えば西門(シーメン)という若者や観光客に人気のエリアに行くと、ほとんど原宿にやってきたような気分になってしまう。
しかし共通点ばかりでなく差異もそこにはあります。若者で賑わう西門にあるデジタルIMAXが導入されたシネマコンプレックスビルの傍らでバッテリーを搭載した屋台に煌々としたライトを灯しながら果物を売っているおばあさんや、コンビニの前に屋台式のトラックが堂々と陣取っている光景を見ることができます。
一方では急速な都市化を遂げながら、しかしローカリティの独特な按配を保ってもいる、こうした台北の街を興味深く観察していくことになりました。と同時に、都市の近代性とローカルな佇まいとのハイブリッドな混合状態の、これからの命運についても考えさせられます。
今回の滞在中、日本と台湾との共通性と差異が実感をもって感じられるようになってきました。例えばわたしが滞在していた士林などは、現在の日本における均質化した街の表情とは大きく異なっています。
滞在先の近くの古い商店街。そこには狭い通りに個人商店が密集しており、そこから小枝のように脇へと抜ける狭い路地にまで、店舗や屋台がひしめいています。これは例えば士林夜市のように観光地化されたものではなく、基本的に地元の人々によって利用されているものです。午前中に行くと、個人商店の密集した通りは驚くほど多くの買物客で賑わっており、多くの店は午後を過ぎれば閉店してしまう。
こうして士林の街を観察していく中で、移動式屋台というものの存在容態に関心を向けることとなりました。商店街の午前中から昼間にかけて活性化するリズムと対をなすように、その入り口近辺には一群の屋台が夕方から夜にかけて現れる。夜毎、周辺のエリアから集まり、1日の活動を終えた商店街の傍らで、一時的に光の群れを形成しては、また離散する。
屋台というのは、都市部に見られるグローバルな経済圏と商店街に代表されるローカルな経済圏との関係において、独特の位置にあるのではないでしょうか。いや、そう考えてみたい。それはローカルな経済における最小単位でありながら、商店街のように特定のエリアに完全に根を下ろしているだけでなく移動可能性をも持っている。しかし、いわゆるノマドという言葉で表現されるような全くの「根なし」ということでもなく、ある時間に現れ、ひとつの群れを形成しながら、特定のエリアに一時的な経済圏を生成させる。
こうしたローカルにして根なし、しかし根なしにして地域性との一定の関係を保つ、そうした存在としての屋台に関心を持ち、最終的に10分強の映像作品と、それに関連する4点の写真作品を作ることになりました。
Exform – Taipei, 2015 from Kosuke Ikeda on Vimeo.
具体的に説明します。撮影用のスタジオ内に設えた5×4m程度のプールに薄く水を張り、そこに愛玉子(オーギョーチー)の屋台を招き入れました。映像の中のイメージは、水面に現れる屋台の反映であり、そのイメージを上下反転させています。プールの上の天井には雨のように水滴が落ちる仕組みを設置し、水滴による波紋が反射面に動きを作り出すことで、そこに映るイメージは不安定な揺らぎに曝されることになる。こうした様子を、すべてスローモーション用のハイスピードカメラでヴィデオ撮影しています。
特に台北に来たばかりの頃、林立する建物の輪郭からはみ出しながら存在を主張する極彩飾の看板の漢字に圧倒され、周囲の人々が話している言葉は流麗な音の流れとしてしか感覚されない、いわば言語的な漂流状態の中で、街に溢れる文字や音に深く感じ入りながら街中の観察を行いました。こうした街のオーディオ・ヴィジュアルな印象が、特に中盤に現れる屋台のシーンの転倒したディテールと、そこでのオブジェクトたちによるバックグラウンド・ノイズとなって現れているように思います。
現在、これに関連する作品を新たに準備中であり、折を見て、さらなる展開を紹介できればと思います。
* * *
前回までの連載を通じて、とりわけ2011年の震災以後にアートの社会性や公共性といった問題が議論される状況をふまえながら、アートと社会あるいはアートと地域との関係について考えてきました。次回以降、台湾という場所で、こうした問題について別の角度から考えなおしていく予定です。
→次回に続く
連載コラム「アートと地域の共生についてのノート」
プロフィール
池田剛介(Ikeda Kosuke|美術作家)
- 1980年生まれ。自然現象、生態系、エネルギーなどへの関心をめぐりながら制作活動を行う。 近年の展示に「Tomorrow Comes Today」(国立台湾美術館、2014年)、「あいちトリエンナーレ2013」、 「私をとりまく世界」(トーキョーワンダーサイト渋谷、2013年)など。 近年の論考に「干渉性の美学へむけて」(『現代思想』2014年1月号)など。
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